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TIME,FLIES,EVERYTHING GOES

日々のこと、DJのこと、音楽のこと。

2016年はタイトルをちゃんと考えよう

そうこうしているうちに年が明けていた。

あけましておめでとうございます。

ぼくとしては相変わらずニート生活を謳歌しているのだけれど、

金銭面でのジリ貧な環境に陥りつつあるので、

そろそろ本腰を入れて色々とやらなければならないなあ、と思うところ。

 

2016年にやりたいことは色々ある。

あるにはあるんだけど・・・というのが山ほどある。

なので、とりあえず備忘録を兼ねて、列記。

 

■転職活動

目下、これが一番の目標かつ至上命題。

教育業界に勤めていた人間として、

自分が「人を育てる」ということに興味を持てないまま2年半を費やしていた、

ということはこの休職中で一番大きな発見だったのかもしれない。

ぼくが今一番興味を持っているのは「人に向けて発信する」という作業だ。

それをどのような形で実現するかはまだわからないのだけれど、

今年一年はそれをじっくり突き詰めていく作業になると思う。

ぶっちゃけぼく、かなり追い詰められていると思うのだけれど、

案外そういうときにぼくは間違った選択をしない。

そこだけは自分の嗅覚を信じてやっていきたいなあと思っている。

 

■DJ活動

DJについてはまあ、金銭面の安定とかも重要なファクターなのだけど。

ぼくがすごい思ったのは、下世話な言い方をすれば、営業活動は大事だなということ。

例えば出演したい!というイベントがあったときにそこに足を運ぶとか、

当たり前のことなんだけど、それをおろそかにしてきたよなあと。

色んなDJがいるんだけどそれを吸収できるチャンスでもあるし、

やっぱりどんどん外に出なきゃいけないよなというのが一つ思ったことだ。

ありがたいことに、いくつかお声がけいただいているところもあるので、

ぜひ色んなところに顔を出していきたい。

もっと言うとアニソンだけじゃなくてロックもやっていきたいなあ。

ぼくのルーツはやはりアニメよりもロックにあると思うし。

それに色々思い入れのあるアイドルもジャンルとしてもっと面白いし、

ロックに軸を置きながらいろいろ活動ができればいいかな。

もっともっとDJが上手くなりたいし、もっと音楽が好きになりたい。

 

■文章

鬱々とすることが多くあった去年の下半期、

結構文章を考えるということは心境の整理に良かったなあと思う。

死ぬことを考えたりしたことも、客観視するとそれほどのことではなかったり。

ぼくは物事を深く考えるくせがあって、それが足枷になっているのだと思う。

深く考える割に思考はかなり浅いし。

整理すれば大したことではないのに延々と考え続けてしまうから、

結果要領が悪い人間になっているところはあるんじゃないかなあ。

とは言っても文章を書くために用意した場所はそんなに多くないので、

まずはブログを定期的に書いていきたい。

バズるくらいにまでなったら一番いいかな!笑

人が読んだときに飽きない文章が書けるようになっていたい。

 

さて2016年は始まってしまった。

ここからどうするのか、着実にいい方向に向かっていければいいのだけれど。

Mugen

もうすぐDJを始めて2年になる。

 

DJを始めるきっかけになったのは、

秋葉原MOGRAで毎月第二日曜に開催されているイベント「Xi-lium」だった。

友人に連れられて行ったアニソン系のイベントで、

アイドル「塩りんご(現・恋汐りんご)」さんが素晴らしいアクトを見せていた。

彼女の言葉を借りるなら「めろめろ~」にされたのである。

 

彼女が当時働いていたのが、

今も不定期にDJをさせてもらっている秋葉原あるけみすと。

オタクは単純なもので、アイドルがいるとわかると通ってしまう。

ぼくも例に漏れず、しっかりとあるけみすとに通うようになっていた。

そうするとDJと話す機会も必然的に多くなるし、

そうなってくるとDJをやりたくなってくるのは自然な流れ。

ぼくは気がついたらアニソンDJを始めて、

必死になって秋葉原でDJをするようになった。

 

はじめの1年はとにかく楽しくて、

休みの度にあるけみすとに通って音楽をかけまくった。

ぼくはロックが大好きで、ギターが轟音で鳴る音楽が大好きだから、

そういう曲をかけて聞いてくれるお客さんがいることがとてもうれしかった。

高校からずっとバンドをやっていて、

けどそのバンドを諦めることが多くなっていたから、

自分の好きな音楽を、他にも好きな人がいて目の前で一緒に楽しめる、

そんなことがとてもとてもうれしかった。

 

次の1年もやっぱり楽しかった。

DJを始めて1年経ってできることもそれなりに増えて、

下手なりに曲の繋ぎを考えたり、

お客さんが喜ぶ選曲をその場で考えたり、

それぞれが上手く噛み合わないこともあったけど、

それでもやっぱり楽しかった。

休みの日にはDJをしに行き、あるいは他のイベントに遊びに行ったりして、

下手すれば仕事が終わって終電で秋葉原に向かって、

そのまま朝までDJしたりもした。

 

DJ2年目になって、ぼくは体調を壊した。それが2ヶ月前のことだ。

まあ色々な要因が重なったのだけど、

主に精神面のバランスがおかしくなってしまって、

なかなかにヘビーな日々を過ごすことになって、休職までした。

それでも、やっぱりぼくはDJしたいと思った。


そこまできて思うのは、

ぼくはやっぱりDJが好きなんだ。

あるけみすと以外でDJしたこともない奴が何を偉そうに、

と思われるかもしれないけど。

たぶんずっと音楽が好きだし、

アイドルもたぶんずっと好きだし、

アニメだってやっぱり好きだ。

好きなものを好きだと言うことはとても難しいことで、

全部を好きだと表現できる手段が、

ぼくにとってはDJなんだと強く思うのだ。


2年経ってみて、

ぼくがやりたいDJの形みたいなものも少し見えてきた。

ようやくだけど、できることだって少しは増えた。

好きなものを、形にできる。

これはぼくにとって、とても、とても嬉しいことだ。


おかげさまでイベントに呼んでもらう機会もできた。

次の1年は、表にも出られるようになりたいと思っている。


まあ何が言いたいかというと、今後ともよろしくお願いします、

ということです。笑



SPARK

レギュラーで出ている「アニメソングとビターステップ」の3回目があった。

以下、セットリストを。

 

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毎回ロックを中心にDJしていたんだけど、

攻殻機動隊のゲームサントラを手に入れて四つ打ち楽曲に興味が出たので、

思い切って前半に四つ打ちをがんがん入れてDJ。

 

反省点をいくつか。

普段ロックをカットインでがんがん繋いでいくのに慣れすぎて、

感覚的な部分で四つ打ちを繋ぐのに違和感を覚えてしまった。

途中からボロが出たのでロック方向に切り替えたんだけれど、

結果として作品の繋がりや曲の繋がりなどはほとんどなく、

ただBPMで繋ぐようになってしまったことは今後も改善しなければならない。

良かったと思うところは、

DJでは特にないのだけれど転換などできちんとMCしたことかな。

別に喋りが必須だとは思わないけど、

お客さんが飽きないようにするという意味でMCができるに越したことはない。

 

「アニメソングとビターステップ」

次回は1/15(金)に両国アニソンDJBarあるけみっ!!で開催予定なので、

お時間のある方はぜひお越しいただければと思います。

ぼくは年初だし原点回帰ということで、ロックを中心にやろうかなと思っています。

r-alchemi.jp

 

それから来週の火曜日は秋葉原アニソンDJBarあるけみすとで、

「絶対に高まってはいけないアニソンDJBar~第11夜~」

に出させてもらいます。

秋葉原アニソンDJ BAR あるけみすと

なぜかリンクが埋め込めなかった。

ラウンジ系イベントだそうなので、

ぼくが普段かけないような落ち着いた曲を中心にかけようかと思っていますが、

酔っ払ったら何をするかわからないので怖い。

こちらもお時間ある方はぜひ遊びに来てください。

OMOIDE IN MY HEAD

ここのところ調子が良かったのだけれど、

今日はその揺り返しなのかすごく調子が悪い。

自己否定が脳内をぐるぐる駆け巡る。

 

今月10日から正式に休職が発令された。

いよいよ追い詰められているように感じている。

それでも自分の体は思うようにうごかないので、

必要なことではあれど焦りが生活を支配している。

 

 

 

Magic

今日は調子が悪い。

さっき、録画していたおそ松さん9話を見た。簡単に泣いた。

ああいうのは反則だ。

 

療養生活を送っていて1つ気付いたことがある。

すごく感情の起伏が激しくなっている。

今までも瞬間湯沸かし器のような人間だったと思っているけれど、

ほんとに一瞬でテンションが上がり、一瞬でテンションが下がる。

生活している中でこれはとても不便で、なんだかやりにくい。

社会復帰することがあれば、こうならないようになっているといいなあと思う。

 

今後のことに関しては完全に未定だ。

ただ、今の職場にはもう戻れないだろうなと思っている。

戻っても、たぶんおなじことを延々と繰り返す、気がする。

色んな人にお世話になったからはっきり言ってすごく残念だ。そして悔しい。

今までぼくはどれだけ負けていても最後に勝てるように生きてきたつもりだったから。

負けて去るのは、すごく悔しい。

 

弱者の戦いをずっとしてきたつもりだ。

小さな頃からぼくが得意だと思えることにはいつも先達がいて、

いつもそういう人たちに戦いを挑んできたと思っている。

傍から見て勝ち目がなかったとしても、必ず一矢報いてやる、そう思ってきた。

持たざるものとして戦い続けてきたつもりだ。

どんなフィールドでも。

自分が戦えなくなるなんて考えたこともなかった。

そこだけは絶対に負けない、絶対に折れないと思ってきた。

それが此度の一件で完全にへし折られてしまった。

 

牙を研いでもう一度出直せばいいのか、それとも戦いをやめればいいのか、

それはまだわからないけれど、ぼくはそうしてきたはずだ。

正しいのか間違いなのかもわからないのは、不安だ。

不安の中を進む日々は明日からもつづく。

 

怖いけど、また明日。

 

Space Sonic

昨日は友達とご飯を食べに。
最近は調子がいいので、割と外に出たりしている。
家にいても正直やることがないので、
こういうことができるようになっているのが嬉しい。
自分もまあ、社会に出ていい人間なのかもしれないと思える。

失踪した日のことは、あまり覚えていない。
仕事に行かなければ…と自転車に乗って、
行きたくない、辛い、死にたい、と考えていたら、
箱根の山の中にいたので、すごく驚いた。
そこで仕事のことを思い出して、
自分がしたことの重大さに気付いた。

もう駄目なのかもしれないと思って、
自分のベルトを木の枝にかけて、首を吊った。
首にベルトが食い込んで、苦しくなった。
そこで、枝が折れた。

決心と呼べるほど固いものではなかったけれど、
それでもやはり一度死のうと思った決意はそれなりの勢いが必要で、
その枝が折れたのと同じように心も折れてしまっていた。
頭の中は「ああ、死ぬこともできないのか」ということと、
さっきまで自分がしていたことをただ客観的に見ていることだけだった。

そのまましばらく、寒くて震えていた。
「寒くないところに行きたい」
と思い、なぜか来た道をそのまま戻り、羽田空港に向かった。

夜中でも空港は明るくて、
そのままベンチで死んだように眠った。
体が鉛のように重かった。
できることなら目覚めなければいい、と思った。
しかし人間というものは簡単に目覚めなくなることはなくて、
やはり目が覚めた。

やることもなくて空港をうろうろした。
人と話すことはなくて、これからどうしようかずっと考えていた。
給料日前だったから身動きが取れなかった。
会社、家族、色んな人から連絡がきたけど、怖くて出なかった。
周りの人がとにかく怖くて、明日はどうしよう、とずっと考えていた。

三日目になって、やはり家族からの連絡が止まらなかった。
三日目もぼーっとしていると頭も少し落ち着いてきて、
家族には連絡しようと思えるようになっていた。
そこまでの経緯を家族に話した。
父も母も、電話口で泣いていた。
なんだか自分がすごく情けない生き物に思えて、ぼくも泣いた。
やはりぼくは帰ったほうがいいのだろう、と思えた。

そのあと、10年来の会社の知人からも連絡をもらった。
その人も泣いてくれた。
やはりぼくも泣いた。
ぼくは自分が思っているより人に心配されていたらしい。

それでも居場所を伝える気にはなれなかった。
人に会うのは少し怖かった。
あと2日、このままにしてくれと伝えて、連絡を終えた。

その日の夜に、友達から連絡がきた。
飲みに行こうという連絡だった。
その友達は何も知らなかったのだろうけど、
その時少し迷いながらも、約束を取り付けた。
人と約束できた自分に少し驚いたが、それでも、約束した。
二日後に、帰る。

4日目、やはり動く気にはなれなかった。
1日空港を歩き回った。
空港には様々な人がいて、その中で自分は最低の人間だ、
という気持ちがずっと頭を回っていた。

夜に給料が振り込まれていた。
こんな精神状態でも空腹は平等にやってきて、
ぼくはすぐにお金をおろして、24時間営業のモスバーガーにかけこんだ。
モスバーガーにはこれから旅行にでも行くだろう大学生くらいの人がいた。
みんな楽しそうな顔をしていて、
気分がさらに落ち込んだけれど。

翌朝、自転車にまた乗った。
自転車に乗って、横浜に向かった。
横浜には仕事をしている人や、
デートをしている人や、
家族連れがたくさんいた。
その中にいるのはとても怖かった。

そのまま、約束していた秋葉原に向かった。
友達はすぐきた。

秋葉原の磯丸水産で、
安い酒を飲みながらそれまでの経緯や、
自分のダメだった話をして、
友達はたくさん笑ってくれた。
ぼくは笑ったけれど、すぐ真顔に戻ったらしい。
今考えると、友達には悪いことをしたけれど、
あの時友達と話せたから、ぼくは少し落ち着いたのだと思う。

友達と別れたあと、父が迎えに来た。
父はやはり泣いていた。
帰りの車の中で、父はいつにもなく色々話した。
仕事のこと、ぼくのこと、家族のこと。
ぼくはほとんど黙って聞いた。

家に帰ったら、母が夕食を作ってくれていた。
ぼくは黙って食べて、黙って寝た。

目覚めた時、父は仕事に出かけていた。
ぼくは母から、両親と先述の会社の知人が、
諸々のことを取り計らってくれ、
しばらく休職となることを聞いた。

それからしばらく、
出かけたり、休んだり、友人のところでアルバイトをしたりして、
今日までの日々を過ごしている。

気持ちはだいぶ楽になった。
人と話すのも怖くなくなってきたし、
死にたいと思うことも減った。
それでも今までより遥かに、出かけた後の疲労感は強くなっているし、
自分のキャパシティが狭くなっていることは感じる。
今のぼくには、たぶん今までのように過ごすことはできない。
ここからの日々は、それを取り戻す作業になる。

こうして、ここまでのことを文章にしてみると実に薄っぺらいと思う。
それでもこの五日間ぽっちの失踪は、
ぼくの25年の人生の中で一番大きな事件だ。
今思うとこの欠落した人間が、大きな事故も起こさず生きていたとは。
それでもここから取り返さなければならない。
残りの日々で、身につけ損ねたものを身につけなければならない。

焦ることばかりだけど、まず明日を無事に生きること。
それを続けていこうと思っている。

それでは、また明日

中学生の頃からブログを書いていたのだけど、
もう一度はじめることにした。

ご存知の方もあろうが、ぼくは今鬱状態と診断されて休職している。
今この時点では回復しつつあるような気分だけど、
明日になったらすごく落ち込んでいるのかもしれない。
それは明日にならないとわからない。

時間がある間に、自分が考えていること、考えてきたことを、
整理できるようにしたいなあと思った。
頭がぐるぐる混乱しているときのことも、
すっきりしている時のことも、
ぼくが考えてきた、ぼくのことなのだと思う。
それを残しておくのがこのブログ。