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TIME,FLIES,EVERYTHING GOES

日々のこと、DJのこと、音楽のこと。

Space Sonic

昨日は友達とご飯を食べに。
最近は調子がいいので、割と外に出たりしている。
家にいても正直やることがないので、
こういうことができるようになっているのが嬉しい。
自分もまあ、社会に出ていい人間なのかもしれないと思える。

失踪した日のことは、あまり覚えていない。
仕事に行かなければ…と自転車に乗って、
行きたくない、辛い、死にたい、と考えていたら、
箱根の山の中にいたので、すごく驚いた。
そこで仕事のことを思い出して、
自分がしたことの重大さに気付いた。

もう駄目なのかもしれないと思って、
自分のベルトを木の枝にかけて、首を吊った。
首にベルトが食い込んで、苦しくなった。
そこで、枝が折れた。

決心と呼べるほど固いものではなかったけれど、
それでもやはり一度死のうと思った決意はそれなりの勢いが必要で、
その枝が折れたのと同じように心も折れてしまっていた。
頭の中は「ああ、死ぬこともできないのか」ということと、
さっきまで自分がしていたことをただ客観的に見ていることだけだった。

そのまましばらく、寒くて震えていた。
「寒くないところに行きたい」
と思い、なぜか来た道をそのまま戻り、羽田空港に向かった。

夜中でも空港は明るくて、
そのままベンチで死んだように眠った。
体が鉛のように重かった。
できることなら目覚めなければいい、と思った。
しかし人間というものは簡単に目覚めなくなることはなくて、
やはり目が覚めた。

やることもなくて空港をうろうろした。
人と話すことはなくて、これからどうしようかずっと考えていた。
給料日前だったから身動きが取れなかった。
会社、家族、色んな人から連絡がきたけど、怖くて出なかった。
周りの人がとにかく怖くて、明日はどうしよう、とずっと考えていた。

三日目になって、やはり家族からの連絡が止まらなかった。
三日目もぼーっとしていると頭も少し落ち着いてきて、
家族には連絡しようと思えるようになっていた。
そこまでの経緯を家族に話した。
父も母も、電話口で泣いていた。
なんだか自分がすごく情けない生き物に思えて、ぼくも泣いた。
やはりぼくは帰ったほうがいいのだろう、と思えた。

そのあと、10年来の会社の知人からも連絡をもらった。
その人も泣いてくれた。
やはりぼくも泣いた。
ぼくは自分が思っているより人に心配されていたらしい。

それでも居場所を伝える気にはなれなかった。
人に会うのは少し怖かった。
あと2日、このままにしてくれと伝えて、連絡を終えた。

その日の夜に、友達から連絡がきた。
飲みに行こうという連絡だった。
その友達は何も知らなかったのだろうけど、
その時少し迷いながらも、約束を取り付けた。
人と約束できた自分に少し驚いたが、それでも、約束した。
二日後に、帰る。

4日目、やはり動く気にはなれなかった。
1日空港を歩き回った。
空港には様々な人がいて、その中で自分は最低の人間だ、
という気持ちがずっと頭を回っていた。

夜に給料が振り込まれていた。
こんな精神状態でも空腹は平等にやってきて、
ぼくはすぐにお金をおろして、24時間営業のモスバーガーにかけこんだ。
モスバーガーにはこれから旅行にでも行くだろう大学生くらいの人がいた。
みんな楽しそうな顔をしていて、
気分がさらに落ち込んだけれど。

翌朝、自転車にまた乗った。
自転車に乗って、横浜に向かった。
横浜には仕事をしている人や、
デートをしている人や、
家族連れがたくさんいた。
その中にいるのはとても怖かった。

そのまま、約束していた秋葉原に向かった。
友達はすぐきた。

秋葉原の磯丸水産で、
安い酒を飲みながらそれまでの経緯や、
自分のダメだった話をして、
友達はたくさん笑ってくれた。
ぼくは笑ったけれど、すぐ真顔に戻ったらしい。
今考えると、友達には悪いことをしたけれど、
あの時友達と話せたから、ぼくは少し落ち着いたのだと思う。

友達と別れたあと、父が迎えに来た。
父はやはり泣いていた。
帰りの車の中で、父はいつにもなく色々話した。
仕事のこと、ぼくのこと、家族のこと。
ぼくはほとんど黙って聞いた。

家に帰ったら、母が夕食を作ってくれていた。
ぼくは黙って食べて、黙って寝た。

目覚めた時、父は仕事に出かけていた。
ぼくは母から、両親と先述の会社の知人が、
諸々のことを取り計らってくれ、
しばらく休職となることを聞いた。

それからしばらく、
出かけたり、休んだり、友人のところでアルバイトをしたりして、
今日までの日々を過ごしている。

気持ちはだいぶ楽になった。
人と話すのも怖くなくなってきたし、
死にたいと思うことも減った。
それでも今までより遥かに、出かけた後の疲労感は強くなっているし、
自分のキャパシティが狭くなっていることは感じる。
今のぼくには、たぶん今までのように過ごすことはできない。
ここからの日々は、それを取り戻す作業になる。

こうして、ここまでのことを文章にしてみると実に薄っぺらいと思う。
それでもこの五日間ぽっちの失踪は、
ぼくの25年の人生の中で一番大きな事件だ。
今思うとこの欠落した人間が、大きな事故も起こさず生きていたとは。
それでもここから取り返さなければならない。
残りの日々で、身につけ損ねたものを身につけなければならない。

焦ることばかりだけど、まず明日を無事に生きること。
それを続けていこうと思っている。