TIME,FLIES,EVERYTHING GOES

日々のこと、DJのこと、音楽のこと。

何も生み出していないことに価値があるのか。

何もしない、ということは、必然的に何も生まないことである。社会的な地位を獲得すること、社会に貢献すること、そうしたことをできない人間は世の中に確実に存在していて、ぼくは今そういう人間なのだ、と実感する。

一方でこうも思うのだーーー何も生まない人間は、果たして無価値なのか。

人間は自分に価値がある、と信じられなくなった時、二種類に分かれると思う。すなわち「自分に価値を生み出そうとする人間」と「自分を否定して堕落する人間」。そして時々、人間はその価値を生み出そうとするプロセスにこそ価値を見出すことがある。だとすると、人間の価値は「前に踏み出そうとしている時にこそ生まれる」。であるならば、ぼくは今価値ある人間である、ということになる、はずだ。

「光に向かって一歩でも進もうとする限り人間の魂が真に敗北することなど断じてない」なんてセリフがあったけど、それは果たして真実だろうか。自分の実感としてぼくは敗北し続けている。なりたかった自分とは程遠い肉袋である。だけど、まだぼくは自分の敗北を認めたくないのだ。全ての敗北が、いつか勝利を勝ち取ったときのための糧であったのだ、と言って高笑いしたい、そんな欲求に取り付かれ続けている30年間。それは呪いにも似ているけれど、けど、今となってはその気持ちがあってよかった。自分の価値がゼロに限りなく近付いても「まだゼロではない」という気持ちでいられるから。仮にゼロだったとしても、その気持ちだけで、まだ何とか息をしている、そんな日々を送っている。